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日常にひそむハンカチをめぐるストーリー。素材・成り立ち・遊び方まで。
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「バグダットカフェ」
1987年 西ドイツ映画 ディレクターズカット版が今年の12月に始まるそうです。 ドイツ人夫婦がアメリカ旅行中に喧嘩別れしてしまい、車から降ろされた、妻である主人公がモーテル、カフェであるバグダットカフェにいついてしまい、さびれたカフェ、そしてぎくしゃくした人間関係が変わっていくというストーリー。 久しぶりにみなおした映画は、タンクを掃除している象徴的な絵柄と、calling youの曲と、映画を見終わった後の不思議な印象だけで、実際にはストーリーを全く忘れていた。 ひとの不可思議な結びつき、縁。そして美しい色相の映像美がよい。 ハンカチは車から追い出されて、道路を歩く「ジャスミン」のポケットから大きくはみ出ているブルーのバンダナサイズくらいあるハンカチ。 その後、妻を追って、カフェまできたダンナが黒い粉をカウンターでやった後、顔をふくのに取り出した赤いハンカチ。 色の違いもふたりの異なる進む道を暗示しているように、はっきりと異なる。 井伏鱒二の短編の中から「休憩時間」という一篇。
大学の休憩時間にあったちょっとした寸劇を描いた一篇。 学生時代の一種独特の自己表明が、ちょっとした事件をきっかけにさまざまな形で噴出する。 学生のときに学んだことは大して思い出せないけど、自分の中にあったちょっとした出来事が不思議と何かのきっかけで急に思い出されることがあります。 「文科第七番教室は、この大学で最も古く、最もきたない教室である。・・・机や腰掛けの上にいっぱい埃がたまる。学生たちは机につこうとするたびに、帽子やハンケチで埃を払わなくてはならないのである。」 短編の中で「ハンカチ」「ハンケチ」とそれぞれ表現されていることが興味深い。 ニュアンスとして意味の違いはあるのでしょうか。 井伏鱒二の短編の中から「鯉」という一篇。
主人公が友人からいただいた鯉との不思議な関係を描く。友人は主人公に鯉を進呈したのち、6年後に亡くなってしまうのだが、その鯉は、主人公の下宿の瓢箪池から、友人の愛人の家の池、最後は早稲田大学のプールへとうつっていく。 鯉に対し、友人への気持ちと重なるからか、主人公の不可思議な想いがにじみ出ている。鯉が潜む池やプールの描写が美しい。 冒頭のシーン 「私が下宿の窓の欄干へハンカチを乾している時、青木南八はニュームの鍋の中にまっ白い一ぴきの大きな鯉を入れて、その上に藻を一ぱい覆ったのを私に進物とした。」 ハンカチを干すシーンって画になって好きです。 『私は赤ちゃん』松田道雄著 1960年
赤ん坊の視点で描かれた夫婦間や近所づきあいの子育てに関する日常のできごと、悲喜劇、はたまた社会風刺まで。小児科医が書いているので、病気に関することも役に立つ。 出版されてから半世紀近く経つのに、子育てを巡り夫婦の間に起こる会話など、現代と何らかわりないことがおかしい。赤ん坊の目が客観的でするどい意見をもつ。 「電車」という一遍。 「パパに並んで、私の前に立っている中年のサラリーマン風の男がさかんにセキをするのである。それがまっ正面をむいてするものだから、私の顔に吹きかかってくる。もしこの人がカゼだったら、私はカゼの病原体を吸いこんでいるのだ。(中略)人の前でセキをするときは、ハンカチで口や鼻をおおうぐらいの注意がどうしてできないのかしら。」 新型ウィルスなどが席巻している現在、ますますそういった気遣いが大事ですね。 個人的な話では、我が息子も今月ではや一歳。 まぁ子どもがいてもいなくても、この本は面白いです。 そしてH TOKYOも今月で一周年を迎えます。 これからもよろしくお願いします。 『残菊物語』
1939年 溝口健二監督作品 物語は、東京で人気の歌舞伎の若旦那が乳母の娘に恋をし、約束された地位を捨て、大坂や地方を点々とし、貧乏暮らしをしながら修行をつんでいく。 ようやく機会を得て復帰をえることができるが長年陰ながら応援してくれた妻は病気になり・・・。 冒頭でふたりが親密になるシーン、一族皆が花火にいっている間、自宅に残り台所で若旦那がわざわざ西瓜を切ってあげる場面がこころに残ります。 ハンカチのシーン: 親方と揃って、大事な会合に行く準備をしているシーン。若旦那は着物、親方は大勢の若い衆に手伝いをさせて燕尾服で身支度を整える。 若い衆は親方の周りを取り囲み、鏡をもって親方が見やすいように構える者、必要なものを手渡す者。 親方の後ろには、奥さんが構えていて必要なものを用意して、若い衆に手渡していく。奥さんはハンカチに香水をふきかけ、若い衆に手渡し、若い衆から親方はそれをうけとると鼻元で香りを確かめ、ポケットにしまう。 ちょっとしたシーンですが、ハンカチの楽しみを伝える大事なシーン。 身につける香水は時として不用意にひとの鼻についてしまう場合がありますが、ハンカチにつけるリネンウォーターは他の人にはわからない、自分の楽しみ、ちょっとした嗜みのような面白みがあります。 H TOKYOでは選び楽しみを味わっていただきたくたくさんのリネンウォーターをご用意しました。ギフトなどでもちょっとした気が利いていてよいですね。 ![]() 「行人」夏目漱石
IIDのギャラリーで11月に行われていた展示soseki展。 漱石の夢十夜執筆100周年を記念して30名のアーティストによって行われた展示。 たまたま自分も世田谷マラソンに参加し、そこに参加していた世田谷と姉妹としてあるカナダのウィニペグのランナーをIIDに案内してほしいと依頼があり、ちょうど展示をおこなっていたギャラリーにもお連れしたときのこと。 日本在住が長くなる大学で講師もしているカナダ人は、ギャラリーに案内した際に、漱石の中で一番好きな作品は「行人」ですといわれ、自分も含めそこに一緒にいた他の数名の日本人も含め、誰も読んだことがなく・・・という思いをしました。 夏目漱石は好きな作家でありながら、同じ作品を何度も読んでしまっていて、ひととおり目を通していないことに気づき、読み始めたのがきっかけです。 こうして自分の国の文化に気づく再発見ができたのが、本当に文化交流のいいところ、と開きなおりまして。 そしてこの作品は確かによかったです。 というところまでイントロダクション。 次回はハンカチの登場なども。 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』村上春樹
引き続き「ハードボイルド・ワンダーランド」から。 それにしてもよく出てきますハンカチ。 「ちびはポケットからまっ白なハンカチを出して口にあて、二、三度咳をした。そしてしばらくハンカチを点検してからもとのポケットにしまった。これは私の偏見だが、私はハンカチを持っている男をあまり信用しない。私はそのように数多くの偏見に充ちているのだ。」 ハンカチをもっていることがある種のうさんくささ、偽善さを指摘した表現でしょうか。表層的に大変紳士的であるようでその裏にあるものを予感させる象徴としてハンカチが登場します。 最近のニュースをみていると確かに、そんなことも感じてしまいます。メディアを騒がせる一流企業の高級スーツをみにまとったトップ=ある種の欺瞞に見えてくることもあるかもしれません。 もちろん媒体がそのようにニュースとしての「価値」を押し出していることも確かですが。 さてハンカチをもっていることは、そんな信用されないということではないです。 ハンカチはとても身近で親しみのある身の回りの品。 ハンカチをもつということは、ただ少し背筋を正すというか、そんなことをもとめるものかもしれません。 ワイシャツはクリーニングに出してしまえば、アイロンがかってピシッと戻ってきますが、ハンカチをクリーニングに出す人はまれでしょう。 アイロンがけはごくごくせまい私的な統計からいうと女性があまり好まない分野で必然的に自分でかける必要がある。そもそも自分で身につけるものは自分でする。もちろん家族のものもする。ちなみに自分のシャツはクリーニングに出さずに自分でアイロンをかける。そうすると服がどのようにできているかよくわかる。そして愛着がわく。 極めて狭い視野によるごく個人的な判断基準としては、ハンカチをもつ、もちろんアイロンがかかっていることが前提で、ハンカチをもっている人間はある種の人生に対する姿勢、それを表象するものとして自分の目にうつってくることがあります。 もちろんこれは偏見です。 ハンカチをもとう。ただそれだけの話でした。 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』村上春樹 1985年
村上春樹の小説で最も好きな作品。彼の小説にはよくハンカチが出てくる。 本人がハンカチを使うかどうかは知らない。 おそらく小説の中にハンカチが登場するのは身近にハンカチという存在が、記憶の中で強くあるのか、現物として手元にあるのかわからないが、想起されやすいのではないかと推察する。 まぁ、どちらでもよいですが、ハンカチをもっていただけるひとが多ければ多いほどうれしいです。 この小説は「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」がパラレルに進んでいく。 ストーリーを説明するのは、それぞれが特殊な設定になっているので、割愛。 読んだことがある人は記憶をたどり、そんなシーンがあったのかと再認識し、 お読みでない人で興味のあるかたは手にとってください。 ハンカチの登場シーン「世界の終り」から: 「大佐はコーヒーからを全部飲んでしまうとカップを皿に戻し、ポケットからハンカチを出して口もとを拭った。大佐の着ている服と同じようにハンカチもよく使いこまれた古いものだったが、手入れは行きとどいていて清潔だった。」 清潔で大事につかわれているハンカチ。物のありかたはそのひととなりをあらわします。 大佐の性格、生きる姿勢を見事に表象したシーン。 自分もこうありたいです。 ちなみに…、IIDでは現在「世界の終り」という展覧会を行っています。 林勇気さんという映像作家で、この小説とは関係ありませんが、こちら大変面白いです。 ぜひどうぞ。 『チェコ人形アニメの巨匠たち』2008
チェコアニメはその独創性、技術、キャラクター、ストーリーなど、とても面白い。 去年IIDのWINTER FEST.で上映会をした。 『チェコ人形アニメの巨匠たち』はその中でもチェコの人形アニメにスポットをあてたドキュメンタリー。その歴史、関わるクリエーターを探りながら、代表的なチェコアニメのダイジェストが見れる、非常にお得な映画。時おり出てくるチェコの街並みは美しく、自分もきっと訪れたいと思う。 さてどこにハンカチが出てくるのかというと、その中の代表的な監督ヘルミーナ・ティールロヴァーのやはり代表作『結んだハンカチ』 端を結ばれたハンカチが擬人化した動きをしています。ちょっとの紹介なのでストーリーまではわからないのですが、ハンカチが映画の中心の奇跡的な映画です。今度じっくり借りてみてみたいです。 『チェコ人形アニメの巨匠たち』は12月20日よりユーロスペースでレイトショーです。 チェコアニメファン、ハンカチファンはぜひ。 |
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